はじめに
メンバーズルーツカンパニー フロントエンドエンジニアの岡田です。
WordPressの開発経験を基に、企業のコンテンツ管理システム(CMS)構築などフロントエンド領域の構築及び運用に携わっています。
多くの企業がウェブサイト運営にWordPressを利用していますが、プラグインの脆弱性対応や継続的なアップデートによるセキュリティリスク、保守コストの増大、マルチチャネル展開の難しさといった課題に直面しています。
これらの課題を解決するために、CMSの移行を検討する企業も増えていますが、全ページコンテンツの移行作業の煩雑さや新システムへのセキュリティ承認プロセス、運用担当者の学習コストと再教育の必要性など、現実的な障壁が存在します。とりわけ、既存システムをフルリプレースすることは、多くの企業にとって大きな負担となります。
そこで注目されているのが、WordPressを「ヘッドレスCMS」として活用するアプローチです。特に、既存のCMSをヘッドレスCMSとして活用することで、蓄積されたコンテンツや運用ノウハウといった既存システムの資産を活かしたまま段階的な課題の解決が期待できます。
本記事では、WordPressをヘッドレスCMSとして活用することで得られるメリットや具体的な事例を紹介し、ウェブサイトのリニューアルや内製化を検討している方々に向けて、その可能性をお伝えします。
ヘッドレスCMSとは
ヘッドレスCMSとは、サイトの見た目を作るフロントエンドとコンテンツの管理を行うバックエンドを分離して運用できるコンテンツ管理システムのことを指します。WordPressの基本的な構成のような従来型のCMSでは、コンテンツ管理と表示が一体化しているため、特定のプラットフォームやデバイスに依存しやすく、柔軟な対応が難しいケースもありました。一方、ヘッドレスCMSではAPIを通じてデータを取得し、フロントエンドで自由に表示できる仕組みを採用しています。

ヘッドレスCMSの利点
こうした構造の違いから、ヘッドレスCMSには次のような、従来型のCMSには無いメリットがあります。
セキュリティの強化
フロントエンドとバックエンドが分離されているため、攻撃対象となる部分が限定されます。また、管理画面へのアクセスを制限できるため、従来型CMSで問題となりがちなセキュリティリスクを減らすことができます。
パフォーマンスの改善
静的サイトジェネレーターと組み合わせることで、ページの読み込み速度が向上します。CDN(コンテンツ配信ネットワーク)とも相性が良く、世界中のユーザーに安定してコンテンツを届けられます。
技術選択の自由と拡張性
APIでデータをやり取りするため、フロントエンドとバックエンドが独立して開発できるのが特徴です。この仕組みによって、プロジェクトの規模や要件に合わせた最適な技術を導入でき、今後新しい技術が登場しても柔軟に対応しやすくなります。
マルチデバイス・マルチチャネル対応
APIを活用することで、従来型CMSのように特定の媒体やデバイスに縛られることなく、ひとつのコンテンツをウェブサイトはもちろん、スマホアプリやIoT機器など多様なチャネルへ柔軟に展開できます。これにより、時代やユーザーのニーズに合わせて、さまざまな場所で情報発信が可能になります。
段階的なシステム刷新が可能
フロントエンドとバックエンドを分けて運用できるため、例えばサイトのデザインや表示部分だけを新しくしても、管理画面やデータには影響がありません。すべてを一度に作り直す必要がなく、手間やコストを抑えながら段階的にリニューアルができるようになります。
ヘッドレスCMSの注意点
ヘッドレスCMSには多くのメリットがある一方で、導入や運用の際には注意しておきたいポイントもあります。ここでは、実際に導入を検討する際に知っておきたい主な課題や気をつけるべき点についてご紹介します。
初期導入コストの負担
フロントエンドとバックエンドを別々に構築する必要があるため、従来型のCMSと比較して初期の開発工数が増加する傾向があります。プレビュー機能の実装など、従来型のCMSでは当たり前だった機能を別途構築する必要があります。
技術的専門性の要求
API設計やフロントエンド開発において、一定レベルの技術的専門性が求められます。社内にフロントエンドエンジニアやインフラエンジニアがいない場合、外部リソースの活用を検討する必要があります。
とはいえ、これらの注意事項も、事前の計画や専門人材の確保によって十分に対応できます。長い目で見れば、ヘッドレスCMSのメリットが大きく活きてくるケースが多いでしょう。
WordPressをヘッドレス化するメリット
ヘッドレスCMSの特徴を踏まえて、なぜWordPressをヘッドレスCMSとして活用する手法が注目されているのか、その具体的な理由を整理してご紹介します。
1. コスト効率の良さ
WordPressはオープンソースCMSであり、ライセンス費用がかかりません。microCMSやContentfulなどの一般的なヘッドレスCMSのビジネス向けでの利用と比べて、月額費用を削減できるのが大きな魅力です。また、WordPressは管理画面の動作に限定されるため、高額になりがちな高スペックのサーバーが不要となり、サーバー費用を抑えられます。
2. セキュリティとパフォーマンスの向上
ヘッドレス化により、WordPressの管理画面やAPIへのアクセスを制限できるため、従来型よりもセキュリティリスクを抑えられます。また、フロントエンドを静的サイトとして分離することで、表示速度が向上し、大量アクセス時でも管理画面が重くなりにくくなります。
3. 柔軟なカスタマイズと拡張性
長年にわたって開発されてきたWordPressには、膨大な数のプラグインとテーマのエコシステムが存在します。ヘッドレス利用において、REST APIやGraphQLに対応したプラグインを活用することで、必要な機能を効率的に実装できます。また、オープンソースであるため、独自の要件に合わせたカスタマイズも自由に行うことができます。
4. 既存資産と運用ノウハウの活用
WordPressをヘッドレス化しても、これまで蓄積してきた記事や画像、カスタムフィールドなどのコンテンツ資産をそのまま使えます。また、慣れた管理画面を引き続き利用できるため、新しいCMSの使い方を一から覚える必要がありません。これによって、大規模なデータ移行や担当者の再教育といった負担を減らし、スムーズに運用体制を整えることができます。
これらの理由から、WordPressのヘッドレス化は、既存システムを活かしながら今の時代に合ったウェブサイトを無理なく構築する方法のひとつと言えるでしょう。
各CMSの特徴をより分かりやすく比較できるよう、代表的なサービスごとに主なポイントをまとめました。WordPress(従来型/ヘッドレス)と、一般的なヘッドレスCMSサービス(microCMS、contentful)を並べてご紹介します。導入や運用を検討する際の参考にしてみてください。
項目 | WordPress(従来型) | WordPress(ヘッドレス) | microCMS(ヘッドレス) | Contentful(ヘッドレス) |
---|---|---|---|---|
セキュリティ | △ | 〇 | ◎ | ◎ |
パフォーマンス | △ | ◎ | ◎ | ◎ |
拡張性 | ◎* | ◎ | 〇 | 〇 |
柔軟性 | △ | ◎ | ◎ | ◎ |
開発コスト | ◎ | △ | 〇 | 〇 |
月額コスト | 無料 | 無料 | 75,000円~ | $300~ |
各サービスの詳細な料金プランは公式サイトをご確認ください。
事例紹介:医療関連企業のサービスサイトリニューアル
抱えていた課題
運用コストとリードタイムの問題
サイト更新のたびに制作会社への発注が必要で、細かな修正でも相応のコストとリードタイムが発生していました。ベンダーとのコミュニケーション齟齬や構築仕様のドキュメント未整備による運用トラブルも頻発し、サイト更新業務の内製化が急務となっていました。
SEO改善の停滞
コンテンツの更新頻度や質の向上が求められていたものの、外部依存の運用体制では迅速な改善サイクルを実現できずにいました。検索エンジンからの流入改善やユーザーエンゲージメント向上のため、より柔軟で効率的なコンテンツ管理体制の構築が必要でした。
実装した解決策
技術構成
WordPressをヘッドレスCMSとして新規導入し、フロントエンドには静的サイトジェネレーターのAstroを採用することで、お知らせやFAQなど頻繁な更新が必要なコンテンツをCMS管理下に移行し、REST APIを通じてフロントエンドとの連携を実現しました。
- フロントエンド
Astroによる静的サイト生成、AWS CloudFrontとS3による高速配信
- バックエンド(CMS)
AWS EC2上でWordPressを稼働、管理画面アクセスを社内IPに制限
- 継続的インテグレーション/継続的デリバリー(CI/CD)
WordPressのコンテンツ更新を検知した自動サイト再生成・デプロイ
コンテンツ管理体制の刷新
CMS導入により社内担当者が直接コンテンツを更新できる体制を構築し、SEO改善に必要な迅速なコンテンツ更新サイクルを実現しました。頻繁な更新が必要なコンテンツのCMS管理移行により、外部依存を大幅に削減しています。
得られた成果
運用効率の向上とコスト削減効果
オープンソースCMSであるWordPressの採用により、有償ヘッドレスCMSサービスと比較して月額利用料やユーザー数制限などのランニングコストを削減しながら、同等以上の機能を実現できました。さらに、CMS導入によりお知らせやFAQなどの更新が社内で即時対応可能となり、外部発注に伴うコストとリードタイムを解消しています。
アクセス指標の改善
リニューアル後は、サイト全体でPV数は約1.09倍、アクティブユーザー数は約1.74倍に増加し、直帰率も30.69%から22.77%へと改善しました。自然検索からの流入においても、平均エンゲージメント時間が約1.50倍に増加するなど、SEO改善の効果が数値として現れました。ただし、ページごとに成果にばらつきがあり、今後の改善余地も明確になりました。
持続可能な運用体制の構築
改修内容とインフラ構成のドキュメント化により、運用・保守の属人化リスクを大幅に低減できました。これにより、継続的な改善サイクルを効率的に回せる体制を構築しています。
また、ヘッドレスCMSの特徴であるフロントエンドとバックエンドの分離により、今後の組織拡大や開発体制強化に向けた柔軟性も確保できました。将来的に専門チームを構築する際には、コンテンツ管理者とフロントエンドエンジニア、バックエンドエンジニアが各々の専門領域に集中できる環境が既に整っているため、効率的な開発・運用体制への移行が可能です。
まとめ
本記事では、WordPressをヘッドレスCMSとして活用することのメリットと具体的な事例について解説してきました。従来のCMS運用とは異なる、フロントエンドとバックエンドを分離するこのアプローチは、多くの企業が抱えるウェブサイト運用の課題を解決する可能性を秘めています。
一般的なヘッドレスCMSサービスと比較して、WordPressをヘッドレスCMSとして活用する最大の利点は、そのコスト効率の良さです。オープンソースであるWordPressは、ライセンス費用が発生せず、豊富なプラグインエコシステムにより機能拡張も低コストで実現できます。
ウェブサイトのリニューアルや内製化をご検討の際は、WordPressをヘッドレスCMSとして活用する選択肢も視野に入れてみてはいかがでしょうか。
お問い合わせ
弊社では、要件定義から開発、運用までを一貫してサポートするCMSエンジニア伴走型支援サービスを提供しています。
「WordPressをヘッドレス化したいが、どこから手をつければよいかわからない」
「ウェブサイトを内製化したいが技術的な不安がある」
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